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東京高等裁判所 平成2年(ネ)186号 判決

控訴人 株式会社ミユキ

右代表者代表取締役 川上淑夫

右訴訟代理人弁護士 関口保太郎

同 脇田眞憲

同 幣原廣

同 冨永敏文

同 吉田淳一

被控訴人 株式会社 東京相和銀行

右代表者代表取締役 前田和一郎

右訴訟代理人弁護士 鳥居克巳

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文第一項同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

(主位的請求原因)

1 被控訴人は、昭和六二年五月三〇日、株式会社ブラウンズクラブ(以下「ブラウンズクラブ」という。)に対し、五〇〇万円を、同年六月から昭和六七年四月まで毎月二八日に八万三〇〇〇円宛、同年五月二八日に一〇万三〇〇〇円を支払う、利息は年九・五パーセント、遅延損害金は年一八・二五パーセント、手形交換所の取引停止処分を受けたときは期限の利益を失う、との約定のもとに貸し渡した。

2 被控訴人は、昭和六二年五月三〇日、右貸金債権その他将来発生する債権を担保するため、訴外深沢正樹所有の別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)に極度額五〇〇万円の根抵当権の設定を受け、同年六月六日その設定登記を経た。

3 ブラウンズクラブは、同年一〇月二八日、手形交換所の取引停止処分を受け期限の利益を失ったが、右貸金の元金の一部として、同年一一月二日までに三三万二〇〇〇円(残元金は四六六万八〇〇〇円)、同月三〇日に八万三〇〇〇円(残元金は四五八万五〇〇〇円)、昭和六三年一二月一二日に七万八七一一円を弁済し、残元金は四五〇万六二八九円となった。

4 訴外株式会社住宅総合センター(後に商号を株式会社住総に変更)は、横浜地方裁判所に本件建物の競売を申立て(同庁昭和六二年(ケ)第九三五号)、昭和六二年一二月四日競売開始決定を受け、本件建物は一八九五万円をもって売却された。

5 被控訴人は、前記根抵当権に基づき、ブラウンズクラブに対する前記債権の残存額五五三万四四七〇円について、次の債権計算書を提出した。

(一) 元金 四五〇万六二八九円

(二) 遅延損害金 一〇二万八一八一円

(1) 四五八万五〇〇〇円に対する昭和六二年一一月二九日から昭和六三年一二月一二日まで三七九日間年一八・二五パーセントの割合による八六万八八五七円

(2) 四五〇万六二八九円に対する昭和六三年一二月一三日から平成元年一月三一日まで五〇日間年一八・二五パーセントの割合による一一万二六五七円

(3) 四五〇万六二八九円に対する平成元年二月一日から同月二七日まで二七日間年一四パーセント(一八・二五パーセントの一部)の割合による四万六六六七円

6 右競売事件の配当手続において、平成元年二月二七日、売却金一八九五万円について次の配当が行われた。

第一、二順位 株式会社住総に対し

手続費用 五一万四〇九四円

利息・遅延損害金・元金 一三一二万八五五七円

第三順位 控訴人に対し 五〇〇万〇〇〇〇円

第四順位 横浜市中区役所に対し 三万〇二〇〇円

第五順位 被控訴人に対し 二七万七一四九円

控訴人は、右配当期日に出頭しなかったので、執行裁判所は、同年三月一五日、控訴人に配当すべき五〇〇万円から郵送料と思われる六〇円を控除した四九九万九九四〇円を供託した。

7 被控訴人は、配当期日において第三順位の控訴人の債権が存在するものと信じていたので、配当異議の申し出をしなかったのであるが、同年五月八日になって、控訴人の債権が存在せず、控訴人は法律上の原因なくして右供託金を受領したことが判明した。

なお、競売手続における配当は、担保権の登記、債権届出書等の書類の形式的審査によってなされ、登記された担保権、届出られた債権等の存否を実質的実体的に審査することはなく、配当手続において異議申出がなければ、配当手続は完了する。不当利得制度は、公平の理想に反する利得を保持させないとするもので、実体法的考察がその基礎になっているものである。したがって、手続上適法な配当を受け、その意味で法律上原因ありとみえても、実体法的にみて配当実施された内容に瑕疵がある場合、すなわち被担保債権を有しない控訴人が配当を受けたことは、法律上の原因を欠くものである(最判昭和四三年六月二七日民集二二巻六号一四一五頁参照)。

8 控訴人に配当がないとすれば、被控訴人は、前記第五順位の配当要求合計金額五五三万四四七〇円のうち前記根抵当権の極度額五〇〇万円の配当を受けることができたところ、控訴人に配当金が計上されたため二七万七一四九円の配当に止まり、四七二万二八五一円の配当を受けられなかった。

9 不当利得返還請求権について

配当表に異議の申出がなければ、その配当に実体法的瑕疵があっても不当利得返還請求は許されないとの考え方は、配当表に実体法的権威を与え過ぎるものというべきである。

すなわち、破産法は、債権届出、債権調査等に周到な手続を経て債権が確定され、同法上の債権表の記載が債権者全員に対して確定判決と同一の効力を有するとされ(同法二四二条)、同法上の配当表に対する異議申立には一週間の期間が与えられている(同法二六四条)。これに比べ、競売手続上の配当までの手続は、債務者の全体財産を清算する破産と異なり、特定の不動産の清算であるけれども、迅速を旨として比較的簡易に進められ、配当表の記載に裁判と同じ効力を認める規定もない。また、破産法上の債権表に記載された残存債権の時効期間は一〇年であるのに対し、競売手続上の配当表に記載された残存債権の時効期間はその債権特有の期間である。このように見ると、配当表の作成自体は裁判ではないのに、配当期日に出頭して異議を述べないだけで、その配当の根底にいかなる瑕疵があっても不当利得返還請求を許さないとすることは、配当表に裁判と同様の効力を与えるものであって、そこまで法が許容しているとは考えられない。

(予備的一次的請求原因)

10 仮に、不当利得の主張が認められないとしても、

控訴人は、被担保債権がないのに抵当権設定登記を残存させ、債権届出の義務にも違背して債権がない旨の届出をせず、他方、被控訴人は、被担保債権ありと信じ、信じたことに過失がない。

すなわち、被控訴人担当行員は、本件配当期日に出頭し、被控訴人の根抵当権に優先するものとして、昭和五六年一〇月二三日設定、登記の株式会社住宅総合センターの抵当権と昭和六〇年七月三〇日設定、同年九月一七日登記の控訴人の抵当権が存在することを知っており、裁判所から渡された配当表には右二社に対する配当額が記載されていた(本件執行裁判所では、配当期日当日まで配当内容は全く知らされない)。一般的に被担保債権がなくなれば抵当権設定登記が抹消されるはずで、これが残っている場合には被担保債権が残存すると考えるのが自然であり、また執行裁判所から送達される債権届出の催告書には、注意事項として、「(1)弁済等により債権が消滅している場合でも、その旨を届け出て下さい。……(5)届出をした後に債権の元本の額に変更を生じたときは、速やかに、変更後の債権額を届け出てください。(6)故意又は過失により、届出を怠り、又は不実の届出をしたときは、これによって生じた損害の賠償責任を負わなければなりません。」と記載しており、誰でもこれに従って債権届出をするものであり、被控訴人もこれに従って、届け出しているものである。

そうすると、登記簿上に抵当権設定登記が残っているので被担保債権が残存していると考え、しかも、配当期日当日に初めて配当表をみて、配当表に配当額の記載があれば債権届出もあったと考えるのが当然であり、配当表に疑問を持たず異議申出をしなかったとしても何ら過失はない。

したがって、本来被控訴人に配当されるべき金員を控訴人が取得することは正義公平の原則にもとるから、条理に基づきこれを正すべきである。

(予備的二次的請求原因)

11 仮に、右主張も認められないとしても、

控訴人は、本件競売において、被担保債権の弁済による消滅を知りながら、債権届出の催告を受けても故意に債権がないことの届出をせず、仮に故意でないにしても、重大な過失により届出を怠り、そのため実体法上の権利がないにもかかわらず配当を受け、被控訴人において配当を受けることができなくして被控訴人に同額の損害を与えたものであり、控訴人は被控訴人に対し、民事執行法五〇条三項に基づき、右損害を賠償すべきである。

12 よって、被控訴人は控訴人に対し、主位的には不当利得返還請求として、予備的には条理又は民事執行法五〇条三項に基づく損害賠償請求として、四七二万二八五一円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成元年七月八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二 請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実は不知。

2  同4の事実は認める。

3  同5の事実は不知。

4  同6の事実は認める。

5  同7の事実のうち、控訴人の被担保債権(債務者ブラウングクラブに対する昭和六〇年七月三〇日付貸金五〇〇万円)が配当期日前に弁済により消滅していたこと、控訴人が供託金を受領したことは認め、その余の事実は争う。

被控訴人は、配当期日に出頭したが、配当異議の申出をしていないので、このような場合に、控訴人が配当金を受領したことは、法律上の原因がないとはいえない。

6  同8の事実は争う。

7  同9の主張は争う。

8  同10の主張は争う。

9  同11の主張は争う。

民事執行法五〇条三項は、催告を受けた債権届出義務者が故意又は過失によりその届出をしなかったときの損害賠償を規定しているが、その損害の範囲は、直接損害、すなわち、債権者が民事執行上の債権届出義務を怠った結果発生した民事執行上の手続費用の損害に限られる。しかも、控訴人が債権届出をしなかったことと被控訴人がブラウンズクラブに対する貸付債権を回収できなかったこととの間には相当因果関係があるとはいえない。

10  同12の主張は争う。

11  不当利得返還請求権について

(一) 民事執行法八五条は、執行裁判所が配当表を作成すること、配当期日において債権者・債務者を呼び出すこと、配当表の作成に関し出頭した債権者・債務者を尋問して書証の取り調べができること等を規定し、配当表が一種の裁判であると位置づけ、この配当表の記載どおりの配当額、配当の順位について確定させて絶対的な効力を認めている。

(二) 債権者間においては、配当異議及び配当異議訴訟により、手続上債権者の権利、利益を主張する機会が与えられており、手続的保障がなされている。そして、配当期日における異議の申出については、異議事由に限定はなく、理由の陳述、その疏明ないし証明資料等を提出する必要もない。したがって、仮に被控訴人が控訴人の被担保債権の不存在を知らなかったとしても、配当異議の機会はあったものである。

(三) 配当手続における配当を画一的かつ早期に確定する必要から配当異議手続が設けられている趣旨に鑑みると、被控訴人が控訴人の被担保債権の存否についての知・不知又はこれを知らなかったことに過失があったか否かは、一切関係なく、配当を確定させるものと解される。

(四) したがって、民事執行法は、配当手続における債権者間の配当に関する異議(権利・利益の調整)は、全てその手続で完結させ、民法上の不当利得返還請求を排除する趣旨であると解すべきである。

三 抗弁(過失相殺)

仮に、被控訴人の損害賠償請求権が成立するとしても、被控訴人には、配当手続きにおいて配当表に異議の申立をして配当異議訴訟により配当金を取得できたにもかかわらず、その手続を過失により怠っており、過失相殺されるべきである。

四 抗弁に対する認否

抗弁事実は争う。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因4及び6の事実、同7の事実のうち、控訴人の被担保債権(貸金五〇〇万円)が配当期日前に弁済により消滅していた事実、控訴人が供託金を受領した事実は、当事者間に争いがない。

《証拠省略》を総合すれば、請求原因1ないし3、5の事実、同7のうち、被控訴人は、配当期日において第三順位の控訴人の債権が存在するものと信じていたので、配当異議の申し出をしなかったところ、平成元年五月になって、控訴人の債権が存在しないことが判明した事実、同8の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

二  そこで、被控訴人の不当利得返還請求権について検討する。

本件のように、不動産競売事件の配当手続において、配当期日に異議の申し出をしなかったため実施された配当の結果について、それが真実の権利関係と相違することを理由として、不当利得返還請求をすることができるか否かについては、見解が分かれているところである。

ところで、一般債権者は、執行目的財産の交換価値に対して実体法上の権利を有するものではなく、実体法的には、債務者の財産から請求債権の満足を受ける地位を有するにとどまり、その点では、一般債権者の配当受領も任意弁済の受領と変わるところはない。したがって、任意弁済において、債務者が複数の債権者に平等弁済をしなかった場合又はある債権者に善意で非債弁済をした場合に、ある債権者への多額弁済ないし非債弁済が当然に少額弁済受領者の「損失」によるものということはできないのと同様、配当においても、執行目的財産の交換価値を実体法上把握していない一般債権者については、ある債権者への多額配当が当然に少額配当受領者の「損失」によるものとはいえず、少額配当受領者から多額配当受領者に対する不当利得返還請求権を認めることはできないというべきである。

しかしながら、抵当権者のように執行目的財産の交換価値を実体法上把握している担保権者は、配当の結果、自己の実体法上の優先権が侵害されたときは、その部分の配当を受けた者に対して、自己の「損失」の結果「法律上の原因なくして」利得したとして、不当利得の返還請求ができるものと解するのが相当である。

控訴人は、民事執行法の配当表作成手続、配当異議の申出、配当異議訴訟の各制度の趣旨によれば、配当表は一種の裁判であり、この配当表の記載どおりの配当額、配当の順位について、異議を述べなかった者にも絶対的な効力が認められ、またこれに不満の債権者には、債権者間において、配当異議及び配当異議訴訟により、手続上債権者の権利、利益を主張する機会が与えられていて、手続的保障がなされているものであり、配当異議手続が配当を画一的かつ早期に確定する必要から設けられたことに鑑みると、民事執行法は、配当手続における債権者間の配当に関する異議(権利・利益の調整)は、全てその手続で完結させ、民法上の不当利得返還請求権を排除する趣旨であると解すべきであり、同手続で配当を受けた場合には、「法律上の原因」がある旨主張する。

しかしながら、民事執行法は、金銭の支払いを目的とする債権についての強制執行手続及び担保権の実行手続の配当等の手続において、実体法に従った換価代金の分配を目的としながらも、個別執行手続の一環として、権利の実体的確定手続を予定せず、権利外観に従った処理がなされ、実体的権利の確定は、執行手続とは別に訴訟手続によって解決することを予定しているものである。

すなわち、執行裁判所は、代金の納付があった場合には、債権者が一人又は売却代金をもって全債権者を満足させることができる場合のように債権者間の利害の対立が予想されない場合は弁済金の交付の日を定め、執行裁判所が作成する交付計算書に従って売却代金を交付し、右以外の債権者間の対立が想定される場合には配当期日を定め、配当表に基づいて配当を実施する(民事執行法八四条、同規則五九条一項)こととされている。そして、配当期日等が定められると、裁判所書記官は、各債権者に対し、債権の元本、配当期日等までの利息その他の附帯債権及び執行費用の額を記載した計算書を提出するように催告し(同規則六〇条)、右提出された計算書は、債務名義、担保権の登記、債権届出書(同法四九条、五〇条)、配当要求書等の書類とともに配当表作成の資料とされる。なお、登記を経た担保権者は、右債権届出書や計算書を提出しない場合にも配当等を受けるべき債権者として処遇される(同法八七条一項四号)。そして、執行裁判所は、配当期日には、配当を受けるべき債権者及び債務者を呼び出し、出頭した債権者及び債務者を審尋し、即時取り調べることができる書証を取り調べ、各債権者の配当の順位及び額を、配当期日においてすべての債権者間に合意が成立した場合にはその合意により、その他の場合には民法、商法その他の法律の定めるところによって記載した配当表を作成し(同法八五条)、配当表に記載された各債権者の債権又は配当の額について不服のある債権者及び債務者については、配当期日において、配当異議の申出をすることができることとされ、配当異議の申出のない部分に限り、配当の実施をする(同法八九条)こととされている。

ところで、配当表に記載すべき執行債権及び附帯債権は、債務名義又は担保権の証明文書に記載された内容の範囲で債権者の届出に基づいて記載するが、執行裁判所がその存否を実体的に調査すべきものではない。すなわち、配当期日において、出頭した債権者及び債務者の審尋により自己に有利な配当表の作成を求める意見が出され、即時取り調べることができる書証の取り調べをしても、関係当事者間で意見の合意をみない場合には、執行裁判所は、請求債権や担保権の存否など実体的権利関係の調査、判断は、執行記録(右取り調べた書証を含む。)から認められるところに従って、すなわち権利の外観に従ってすべきものであり、これによって作成された配当表に不服の者は、配当異議の申出をして、配当表に基づく配当の実施を妨げたうえで、配当異議訴訟により、自己の主張の当否の判断を訴訟手続で受けることになるのである。

そして、民事執行法には、右のような比較的に簡易、迅速な処理手続をとっていることの反面として、確定した配当表に確定判決と同一の効力を付与する旨の規定は置かれていない。ちなみに、破産手続は債務者の全体財産を清算する手続であり、競売手続は特定の不動産の換価清算を目的とするとの違いはあるけれども、破産法は、債権の確定手続につき、債権の届出(証拠書類の提出が必要、破産法二二八条)、破産者等の説明義務(同法一五三条。なお違反に対しては刑事罰が科される、同法三八二条)、破産管財人の選任(同法一五七条)、債権調査等の周到な手続を規定し、債権調査期日において、破産管財人及び破産債権者の異議がない場合は、債権が確定し(同法二四〇条)、同法上の債権表の記載が債権者全員に対して確定判決と同一の効力を有するとし(同法二四二条)、また、確定債権については、破産者が債権調査期日において、異議を述べない場合に限り、債権表の記載が破産者に対して確定判決と同一の効力を有する(同法二八七条一項)と規定している。そして、同法上の配当表に対する異議申立には一週間の期間が与えられている(同法二六四条)。また、破産法上の債権表に記載された残存債権の時効期間は一〇年である(民法一七四条ノ二)のに対し、競売手続上の配当表に記載された残存債権の時効期間はその債権特有の期間である。

以上検討したところによれば、なるほど、控訴人主張のように、執行手続上、債権者及び債務者は、配当期日において、自己の権利、利益を主張する機会が一応与えられているが、民事執行法は、その相手方たる債権者に、これに対する応答義務(資料提出義務)を規定しておらず、配当期日に、執行裁判所による権利の実体的確定手続は予定されていないものであり、執行記録上の権利外観に従った処理がなされることが前提とされていること、また、破産法上の債権表とは異なり、確定した配当表には確定判決と同一の効力を付与する旨の規定も存在しないこと等に鑑みると、配当表の記載を実体的権利を確定する裁判であると解することは相当ではない。

また、民事執行法は、配当にあずかる各債権者がそれぞれ自己に正当な記載を得ようとし、あるいは他の債権者に不当に有利な記載を排除しようとする努力により配当表の実体的正当性の確保をはかろうとする基本構造がとられているが、このことから、配当にあずかる債権者が適式な配当期日の呼出しを受けながら配当期日に出頭せず、出頭しても配当異議の申出をせず、あるいは配当異議の申出はしたが配当異議の訴えを提起せず、所定の期間に起訴の証明をしない場合等には、その債権者は、配当の手続面において、配当表に従った配当が実施されることを適法なものとして甘受すべきである(したがって、不当利得返還請求が許されるときは、多額配当ないし非債配当受領者の責任財産の減少の危険負担を負うこととなる)ということができるとしても、民事執行法の前記配当表作成手続は、配当表の実施の目的を超えて、他の債権者の実体法上の権利の承認又は自己の有する実体法上の不当利得返還請求権の放棄を推認させる構造とはなっておらず、また右の場合の配当の実施を総債権者の合意により記載された配当表に従う配当実施に準ずるものと解することも困難であるから、実体的な権利関係の面において、多額配当ないし非債配当受領者の配当受領を「法律上の原因」を欠くものとして不当利得返還の請求をすることまで妨げられるものと解することはできないというべきである。

なお、控訴人は、配当異議手続は配当を画一的かつ早期に確定する必要から設けられたことに鑑みると、民事執行法は、配当手続における債権者間の配当に関する異議を全てその手続で完結させ、民法上の不当利得返還請求を排除する趣旨であると解すべきである旨主張するが、民事執行法には、債権者間の配当に関する異議を全てその手続で完結させ、民法上の不当利得返還請求を許さない旨の明示的な規定はなく、また配当の結果について、配当異議手続により画一的かつ早期に確定させる必要があるとも認められない(配当期日において、現に異議がある場合には、配当表に異議ある部分について、供託手続をとる必要があり、異議訴訟による必要性があるが、これとは別に不当利得返還訴訟を認めても、執行裁判所として特に手続が遷延するなどの問題はなく、不当利得返還訴訟を排斥しなければならない必要性は認められない。)。殊に、配当期日前に先順位抵当権者である控訴人の被担保債権が弁済により消滅している本件の場合のように、後順位担保権者である被控訴人の直接あずかり知らない事由について、債務者及び先順位抵当権者が故意又は過失により執行裁判所にその旨届出ず、異議も述べない場合には、執行裁判所はもとより、他の債権者においてもその事情を知ることは極めて困難といわなければならず(被控訴人は、本件配当実施後に控訴人の被担保債権の消滅を知ったものである)、被控訴人は配当期日に出頭していたとはいえ、異議事由を知らなかった以上、不当利得返還請求訴訟を妨げられる理由はないというべきである。控訴人が主張するように異議を述べる機会があったので、失権効が生ずるとするためには、民事執行法が配当手続について、慎重な実体的権利確定のための手続規定とともに、失権効が生ずる旨の規定を設ける必要があるというべきである。

三  そうすると、前記認定事実によれば、控訴人が受領した供託金四九九万九九四〇円のうち被控訴人において本件配当から弁済を受けられなかった四七二万二八五一円は、被控訴人の損失において控訴人が法律上の原因なくして利得したものと認められるから、不当利得返還請求権に基づく被控訴人の控訴人に対する主位的請求は理由がある(なお、訴状送達の日の翌日が平成元年七月八日であることは記録上明らかである。)。

四  よって、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 越山安久 裁判官 赤塚信雄 桐ヶ谷敬三)

〈以下省略〉

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